目次
和食料理人の8割が選ぶ「堺」
「堺刃物」は世界に誇る日本の品として、国から伝統工芸品の指定を受けています。しかし、「刃物・包丁」の産地を聞かれて、大阪・堺を思い出す方は少ないかもしれません。
国内の家庭用包丁シェア率を見ると、大阪は現在7%ほどです。(図1)一般的な家庭用包丁の産地として思い浮かべるのは、岐阜の関や新潟の燕三条ではないでしょうか。
一方で、プロ用の包丁ではシェア率が一変します。大阪・堺の包丁は、和食料理人の約80%に選ばれています。
堺がここまでプロから絶大な信頼を得ている理由は、江戸時代にまでさかのぼります。堺ではもともと、タバコ葉を刻むためのタバコ包丁を製造していました。とても切れ味が良かったという堺の包丁は、幕府の専売品となった歴史があり「知る人ぞ知る名品」として全国へ広がっていきました。
明治になり、タバコ包丁が必要とされなくなってからは、その高い技術は料理包丁の和包丁造りへと受け継がれていきました。
このように全国の食のプロである料理人に高い評価を受けてきたのが堺の包丁です。
その高い評価が現在も続いている理由を、具体的に見ていきましょう。
すべての工程を手造りで
堺と他産地の製造の違い
包丁の製造工程は主に4つの段階に分けられます。
- ①刃物鋼材を熱して叩き、包丁の形に整える、鍛冶。
- ②巨大な円盤状の砥石で削り、包丁の立体的な形を削り出す、研削。
- ③角砥石を使い、包丁の刃先に鋭い刃をつける、刃付け。
- ④包丁の中子を熱し、柄に差し込んで固定する、柄付け。
他産地の家庭用包丁の多くは、これらの工程を機械で進めます。
それに対して、堺で製造している包丁は、ほぼ全て職人の手造りによって生み出されます。(図2)
*他の産地でも、一部手造りの高級品もあります。
なぜ他の産地が機械で包丁を製造しているのに、堺は手造りなのでしょうか?その理由は、堺と他産地が造る包丁の構造の違いにあります。
堺の製造方法
堺では、「和食の料理人向け」、つまり片刃包丁(和包丁)をつくってきました。和食で使われる包丁のほとんどは片刃の包丁です。片刃包丁は表と裏で構造が違い、機械で造ることが難しいため、全ての工程が手作業となります。
他産地の製造方法
関や燕といった他産地は「家庭向け」包丁を製造してきました。家庭用の包丁は両刃包丁がほとんどです。両刃の包丁は両面ともに同じ構造で片刃と比べ構造が単純なため、機械でも造ることができます。
一言でいえば、片刃包丁は複雑、両刃包丁はシンプルです。
この片刃と両刃包丁の構造の違いが、堺での手造りと他地域での機械化という結果を生み出しました。
片刃と両刃の違いについて、もう少しくわしく見ていきましょう。
機械では生産できない
片刃包丁の世界
両刃と片刃の違い
両刃
両刃包丁は、表と裏がほぼ同じ形をしています。(図3)
両側から同じ角度で研がれた刃は上からの力がかかりやすく、食材を真っすぐ切ることに適し、構造がシンプルなので機械で造ることもできます。
片刃
片刃包丁は、表側だけに刃がついている複雑な形をしています。(図3)
表の平から刃先は非常に鋭く研がれた刃があり、逆に裏側は真っ平に見えますが、よく見るとわずかにくぼんでいます。滑らかで湾曲にくぼんでいる構造は、「裏スキ」と呼ばれる片刃包丁の特徴ともいえるでしょう。このくぼみがあることで、繊細な「切れ味」が生みだされ、切込みを入れた食材がパッと包丁から離れやすくなります。
和食文化と和包丁
和食のために特化した和包丁は片刃が多く、洋食のために生まれた洋包丁は両刃で造られます。これは和食と洋食の料理の特徴が、そのまま調理道具である包丁に反映したからなのでしょう。
煮込むことで濃厚なソースを生み出すことを重視した洋食は、食材を効率的に真っすぐ「切り分ける」両刃の包丁を求めました。
素材の味をいかに引き出すかに心を配り、繊細な味を追求する和食は、味付けの一つとして「切る」ことに適した片刃の包丁を好みました。
和食の素晴らしさは、美味しさはもちろんの事、見た目にも美しい繊細な切り口にあります。
刺身を例にとりましょう。肉と違い、魚の身はとても柔らかく、力で切り分けようとすれば、その身は崩れてしまいます。
繊細な魚の身にすっと刃が入り、細胞を押しつぶすことなく切るには、力を必要としない、滑らかな切れ味の包丁が必要になります。細胞を押しつぶさずに切ると、刺身の形が美しく、身から水分が流れ出ないため美味しくなるのです。
この滑らかな切れ味を生み出すのが、職人の手が造りだす片刃和包丁の複雑な造りであり、刺身をプロの味へと引き上げるのです。
複雑な片刃の形状
峰の部分が厚く、小ぶりのものでもどっしりとした佇まいの出刃包丁は、和包丁の特色が最も色濃く出ているものの一つでしょう。(図4)
出刃包丁の構造は立体的で、一目見ただけでは分からない細かな工夫が随所に施されています。
刃元は硬い魚の骨を断ち切るために、分厚く、頑丈に。
切っ先は柔らかい魚の身をつぶさずに、最小の力で切れるように繊細で鋭く。
魚を下ろすために造られた出刃包丁は、その重みも、刃の造りも、何もかもが、料理人たちの仕事を支えるために、緻密に造り上げられました。
「切る」ことにこだわり、最高の切れ味を求めた結果、この世に生み出された和包丁は食材や調理方法の種類に合わせて数多く存在します。
出刃、刺身、菜切りなど、それぞれの包丁に特徴的な形があります。
どのような包丁の形が食材の美味しさを引き出せるのかを数多の職人たちが考えて工夫を凝らし、手造りでしか生みだせない複雑な形が出来上がったのです。
實光の包丁造り
實光では、包丁造りの工程である研削・刃付け・柄付けに加えて、お客様に「永く」包丁を愛していただけるようアフターサービスまで取りそろえることが、包丁造りであると考えております。
實光が何にこだわり、どのように包丁を手造りしているか。その一部をご説明します。
實光の包丁造り
研削(けんさく)
研削は文字通り、包丁を研いで削り、形造る工程です。
鍛冶から仕上がってきた地の包丁は、まだ研がれていない板の状態です。ここから無駄な部分を削り、丁寧に研ぎ、包丁独特の洗練された形を生み出していきます。
たがねを打つ
鍛冶から上がってきた地の包丁にたがねを打ち、真っすぐな状態にします。
地の包丁は真っすぐに見えるかもしれませんが、職人の目から見ると、その表面はわずかに歪んでいます。(図5)この歪みが包丁には大敵なのです。
歪みがひどくなると、砥石にぴたりと刃が当たらなくなります。もちろん研ぎ続けていればいつかは当たるようになりますが、それだけ仕上がる包丁が小さくなってしまい、望み通りの品は造れません。
いかに最小の研ぎで望み通りの滑らかな刃を造りだすかは、たがねを打ちこむ職人の腕にかかってきます。
円砥での作業
円砥と呼ばれる縦回転や横回転の巨大な砥石で、包丁の繊細な形を削り出していきます。
造る包丁の種類や使っている鋼材によっても工程は様々で、使う砥石もその時々で違います。
全体のバランス、形を常に確認しながら丁寧に繊細に、時に大胆に、職人が頭の中でイメージした包丁を削り出していきます。
歪み直し
金属を削ると、どうしても包丁には強い力と熱がかかり、再び歪みが出ます。削っては歪みを確認し、歪みがあればそれを取ってまた削るという工程を、片刃包丁の完成まで計8回行います。
歪みを取る意味
効率性を考えるのならば8回も歪み直しをするのではなく、研削をし終えた最後に歪みを取ればいいのではと、思われるかもしれません。
しかし、都度ゆがみを直さないとその歪みが蓄積し、やがて大きな歪みとなって、包丁の切れ味を左右します。そのため、實光では作業をしたら歪みを見る、取るという作業を都度行うのです。
實光の包丁造り刃付け
角砥石を使って刃先の切れ味を最大限にひき上げます。刃元から切っ先まで、刃先に丸みを帯びたところがなくなるよう、とがったよく切れる刃を付けていきます。
一流の料理人は、使い勝手の良い刃をご自身でつけられます。なので、造り手は敢えてそれを邪魔せず、ご相談があった時にお望みの刃付けをするようにしていました。
ですが、一般のお客様や若手の料理人さんに實光の包丁を選んでいただく機会に恵まれる中で、研ぎに慣れておられない方や、角砥石を持っていらっしゃらない方が多いことを学ばせていただきました。
お客様にとって、何が一番良い刃付けなのか。
實光ではご購入後からすぐにお使いいただけるよう、切れ味と共に持続性・耐久性に優れている「小刃付け」という刃付けを、全ての包丁に施すことにしました。
「小刃付け」とは、とがらせた刃先の先端に、ほんの少し。それこそ顕微鏡で確認しなければ分からないほどの小さな鈍角の刃を付けます。この小刃を付けることによって刃先にかかる力が分散され、切れ味を落とすことなく、欠けも防ぎます。
※切れ味を非常に重視される方には「本刃付け」もオプションで対応しております。詳細はカスタマイズをご覧ください。
小刃付けするワケ
切れ味を良くしようと思えば思うほど、刃先をとがらせればいいと思いがちですが、鋭くとがらせた刃は、それだけ脆く、刃こぼれを起こしやすくなります。
例えば、削り終えたばかりの鉛筆を思い出してみてください。(図6)
鋭くとがった鉛筆は、さぞ書きやすいだろうとワクワクしますが、ノートに書き始めた瞬間にぽきりと折れてしまい、また削らなければならないという状況になります。
鋭く研いだ包丁にも同じことが起こりやすくなります。 せっかくお買い求めいただいた包丁も、欠けてしまっては切れ味がぐっと下がります。また、大きな欠けをご自身の研ぎで修復するのは技術が必要になります。 實光の包丁は、欠けにくく、「切れ味」が良い包丁を目指し、小刃付けを行っております。
裏押しの工程
和包丁のみの工程となりますが、刃付けの段階では裏押しも角砥石で磨きます。
片刃構造の和包丁の裏側には、裏スキと呼ばれる独特のくぼみがあります。そして、包丁を裏返してよく見ていただくと、裏側全体にはまるで縁取りのような削りの部分があります。これを「裏押し」と呼びます。
裏押しが片刃の裏側に水平に入るのは、包丁の刀身が真っすぐで歪みがない保証でもあり、良い包丁は裏押しが均一に入ります。研削の段階から何度も歪みを直してきた結果がこの裏押しの美しさに比例します。
ぜひ実店舗にお越しになる機会がありましたら、お客様の目でもお確かめください。
實光の包丁造り仕上げ
次に仕上げの工程に移ります。
柄付けをはじめとした、包丁造りの最終工程にも實光は手を抜きません。細部にまでこだわりを持って取り組むからこそ、お客様に「永く」使っていただける包丁になると考えています。
柄付け
むき出しの刀身に柄を付けます。
まず中子と呼ばれる柄の中に入る部分と、柄のくぼみの形を確認します。中子を熱し、柄にはめ、柄のおしりを木槌で叩くと、中子が柄の中に入っていき、固定されます。目と手。そして、木槌を叩く音を判断する耳。あらゆる感覚を使って、職人は包丁を仕上げていきます。
包丁は柄から劣化します。柄に隙間やひびがあると、そこから水が入りより劣化が早くなります。實光では、安心して包丁を「永く」使い続けていただくために、柄をしっかりと差し込み、浮き上がらないようにしています。
アゴ磨き
アゴ、と呼ばれる包丁を持った時に指先が当たる部分を、丁寧に磨いていきます。
人の指先の感覚は繊細なものです。毎日使う時にしっくりと指に馴染むように、バフという機械で磨き、滑らかに仕上げます。
背磨き
包丁の背の部分を磨いていきます。
刃磨き
合わせ包丁(鋼を軟鉄で挟む、または張り合わせる等して造る包丁)の切り刃に、刃境がくっきりと美しく浮かび上がるように仕上げをしていきます。
※商品によっては施さない仕上げもあります。
實光の包丁造り
アフターサービス
お買い上げいただいてから間もない包丁は、新品の切れ味を体感していただけます。
出来ることならば我々も新品の切れ味が一生続いてほしいと願っていますが、包丁が道具である限り、使い続ければどうしても刃先に丸みが出て切れ味が悪くなってきます。
そのため、包丁には定期的な研ぎ直しやメンテナスが必要です。
實光では、お買い上げいただいた包丁をいかに「永く」お客様に使っていただくかを大事にし、研ぎ直し・修理のサービスも行っております。
ご自身での研ぎ直しはもちろんですが、「切れ味が鈍ってきたな」と感じましたらぜひ實光にお声がけください。
研ぎ修理サービス
包丁をお買い上げいただいた時のような切れ味に回復させます。
實光の研ぎ直しは、他の一般的な研ぎ直しとは違います。
身近なスーパーや移動で行う研ぎでは、刃先のみを研ぐ場合が多いです。しかし、刃先のみの研ぎでは、長く使っていく上で生じる歪みや、肉厚の変化を修正する事は出来ません。
研ぎだけでなく包丁造りから携わる實光は、研削レベルから研ぎ直しを行い、新品同様の切れ味に包丁をよみがえらせます。
柄の交換サービス
和包丁(差し込みタイプのハンドル)であれば、劣化した柄を付け替えることで、より永く包丁をお使いいただけます。
和包丁は、刃よりも柄の劣化の方が早いものです。
ぐらぐらとした状態の柄で使い続けることは、危険なだけでなく、衛生面でも様々な問題が生じやすくなります。それまでと同じ柄に付け替えることも、別の素材に変更することもできます。
職人の気迫をまとう一丁
實光品質
實光は和包丁を中心に、料理人の方々に選ばれる品を造り続けてまいりました。上記のピラミッドは、實光の品質ランクです。
プレミアム:實光の中でも特色ある、最高品質の包丁
實光マーク:研削・刃付け・仕上げ・販売まで實光が携わり、プロの世界はもちろん、どこに出しても自信をもって提供できる品質であることを保証するものです。實光のブランドやシリーズに属する商品は實光マークがついた、自信の一丁です。
實光一般ランク:刃付けなど一部の工程を實光が担う、一般商品です。
確かな違いがある、實光の包丁
「實光の包丁は、ものが違う」「一目見ただけで、違いがわかる」
そんな声を、ありがたくもお客様や一流料理人の方々からいただくときがあります。
形だけ見れば、機械造りも手造りも、同じ包丁です。
実際に、大量生産の機械造りでも素晴らしい包丁はこの世にたくさんあふれています。
ですが、我々職人は常にシンプルで無駄なく、丁寧に最良のものを目指して、ひたすら毎日「手」で造り続けています。この職人のこだわりが気迫となり、「實光は他と違う」と感じていただけるのかもしれません。
お客様が喜んでくれる「切れる」包丁とは何か。
どうすれば「永く」使い続けていただけるか。
それを問いかけながら仕事をしております。
日々の研鑽が包丁に宿り、お客様に感じていただける「違い」を生みだせているのならば、職人としてこれ以上嬉しいことはありません。
ぜひ、實光の包丁をお手に取っていただき、この「確かな違い」を実感していただきたいと考えております。